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| ■杜氏(とうじ) | |||||||||||||
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| 杜氏は「とじ」とも言い、酒造り技術者(職人)の責任者として蔵元からいっさいの責任を任されて作業を進める酒造りの中心的な存在です。 杜氏は酒造り3000年あまりの時の流れの中で培われ、磨かれてきた卓越した伝統的な技を現代までに伝える酒造りの歴史そのものなのです。 【杜氏の語源】杜氏の語源にはいくつかの説があります。その代表的な説をご紹介すると次のようになります。 説①・・・「とじ」は「刀自」と書き、昔は酒造りが女性の仕事であり、主婦が「家刀自」といわれたところから転じて。 説②・・・平安朝のころ、酒を仕込んだ酒甕(さけかめ)も「刀自」と呼ばれていたところから転じて。 説③・・・古代中国で麹(こうじ)を用いることによって穀物から酒造りに成功し、酒造りの祖と伝えられる「杜康」(とこう)の名に因んで。 説④・・・酒を造る集団の頭目であるところから「頭司」が転じて。 【杜氏の役割】杜氏は12~20人前後の仲間を率いて、醸造作業を請け負っていきます。 杜氏のまず第一の仕事はこの酒男たちの集団を作ることにあります。 この組織は、一蔵に一人杜氏がおり、次に頭、麹師、酛(もと)屋の三役がおり、その次に役人(または二番役)、そして上働き、下働きへと続く明確な職階が決まっていました。 このように組織された杜氏集団の中では、技術の習得と研磨重ねられ、次第にその地位が上がっていく仕組みになっています。 年齢としては18歳から修業をはじめ、5~6年で一人前になり、35歳ぐらいで三役になるという厳しく堅固な職階制でした。こうした組織の中で杜氏は、酒をいたわり育てる愛情と、組織を統率する両面の能力を揃えたリーダーなのです。 【杜氏の歴史】酒造りは、室町時代までは一年中造られていましたが、江戸時代の1670年頃に伊丹・灘から寒造りが定着しはじめ、各地で隆盛を極めました。 寒造りにより酒造りは冬季ということになり、外部から職人を迎えての季節的な雇用により、酒の醸造に当たらせました。 この人のニーズは、農村部の農閑期と時が重なり、また農民にとって、酒造りは特殊技術ということから安定性があるため、冬季の出稼ぎに好適でした。 そこで酒造り職人のほとんどが農村部で季節出稼ぎ集団を形成し、特定の酒造り主の蔵で酒造りに当たったのです。 彼らは、収穫直後にふるさとを離れて蔵に入り、翌年4月に帰郷する生活リズムで酒造りに励み、「百日働き」とも言われたようです。ですから、杜氏の出身地も酒造地帯周辺の農村部で、しかも冬季は積雪などにより仕事ができなくなってします地域に集中し、伝統の中で定着してきたものと考えられます。 代表的な杜氏としては ●三原杜氏(広島県)●丹波杜氏(兵庫県)●但馬杜氏(兵庫県) ●備中杜氏(岡山県)●熊毛杜氏(山口県)●出雲杜氏(島根県) ●能登杜氏(石川県)●糠 杜氏(福井県)●越智杜氏(愛媛県) ●越後杜氏(新潟県)●南部杜氏(岩手県)●諏訪杜氏(長野県) などがあげられ、それぞれ伝統の技術を今も守り続けています。 (参考・日本酒造組合中央会発行日本酒倶楽部) |
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